鬼門、魔界、陰陽師、幽霊絵馬、縁結び、悪縁切り。夜の古都を歩くは鬼か物の怪か・・・魔都「京都」の情報
 
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鬼門、魔界、陰陽師、幽霊絵馬、縁結び、悪縁切り、心霊、観光。夜の古都を歩くは鬼か物の怪か・・・魔都「古都京都」の情報

紫明通り同様広い通り、堀川にまつわるゾッとする話を。
昔、叔母に聞いた話ですが。戦時中、叔母が府庁で、働いていた時の事。
防火帯や軍用路として堀川を拡張する工事に徴兵されてない男性がこぞって勤労奉仕に駆り出されていた。
府庁の職員も毎日大勢が工事に行っていた、ある日の事。若い同僚が工事を終え、妙に笑顔で戻って来た。
その手には、手のひらに乗る位の真っ白な小さな頭蓋骨が。工事現場で出てきたものらしい。
「可愛い子やろ。こんな小さくてもちゃんと顔あるで。」「寂しかったなあ?お兄ちゃんとこ行こな。」
まるで、幼子をあやすように机に置いたドクロとしきりに話をしている。
どうやら彼はドクロを家に持って帰る気のようだ。様子がおかしい。
流石に、居合わせた者皆が異変にヤバいと気付き、ドクロを寺に持って行く事を勧めた。はじめは、頑なに拒否していた彼も、仏さんは行くべき所へ行かんと可哀想やからという上司の言葉で諭され、
しぶしぶ帰りに寺に寄ってドクロを預けたらしい。
ところが翌日、彼は、ドクロの事を、ほとんど覚えていなかった。
あのままドクロを持って帰ったらどうなっていたか…皆、ゾッとしたそうです。
旧堀川通りには、寺が多く掘れば、人骨が新旧ザクザク出てきたそうだ。
出てきたお骨は、集めて供養し、再度寺に埋葬されたらしい。墓の移動のような作業だったそうでした。

堀川は掘ると骨だらけとは聞いたことある。
なるほどねぇ。 ゾッとするけど、ちょっといい話だ。

堀川の源流は尺八の池と言われています
大徳寺の東側の小さな水路を通って堀川に繋がってるようですが
今では住宅地や道路に開発されてるので
注意して探せばその痕跡は見つけられるかもしれないです
先斗町の15番路地にある祠、十五(そご)大明神。
賽銭を入れると音声でおみくじが告げられる。結果は『吉』と決まっている。
しかし希に不吉な卜占が告げられる事があるという。
「大凶どす。振り返ったらあきまへん。もうそこに来てまっせ」と。
振り返ると顔の焼け爛れた舞妓さんが・・・。

しかしもう何年も前から故障のため使用出来ないという。故障を直さない理由はやはり・・・。
観月橋は、戦前は何とか浜川水浴場があって夏は子供が沢山泳いでいたそうだ。
しかし、流れが複雑な川ゆえ水難事故が多発。多くの子供が亡くなったらしい。元地元民だか、うちの親族でお二人無くなっていると婆さんから聞いている。
地形的に上流から来たおろくさまもよく上がるよ。天ヶ瀬ダムより下流で入水自殺や事故で流されたら捜索するポイント。
自分も婆さんにいろいろ聞かされてるせいか苦手だな。盆に近づくと、泳いでる子供は亡者に引っ張られたと脅されたな。

観月橋を向島方面に渡ると一気に空気が変わるって、自分の周りはみんな言うな
それで、最初の角を曲がったところに薬師如来さんがいるんだけど、
そこから何メートルにも渡ってきつい線香の臭い(気持ち悪くなるぐらいの)がするときは、何か見れる確率が高いよ
一昨日、京都の山科聖天から南禅寺に抜ける山道を歩いていた時に 文字通り林立していた木からギィーとかたむく音が聞こえてきたので これは危ないと思い、回りを見渡すも一向そんな木は見当たらない。 「はて、こいつは狸にでも化かされたのか」と思っていたが先ほど調べると どうやら「天狗倒し」という妖怪らしい。 南禅寺や日向大神宮から御陵までの道にはとりたてておかしな雰囲気は ないのだが山科聖天から御陵の間は少し雰囲気が違うのである。 確かに山科聖天からの道の途中にあるオブジェはなんか怖いけども それとは違う何かがあるのだろうか。
近在の方、情報求む。 なお山科聖天から南禅寺までは1.5時間もあれば十分に歩ける距離です。 経験上、革靴とサンダルはお勧めしない山道です。

家が山の際にあるのだが(山といっても日帰り登山が出来る程度の低山) 夜中や明け方近くに時折、「ズンッ!」といった重量物を落としたような 地響きを感じることがある。
俗に言う「天狗倒し」というものであろうか?
征夷大将軍を祀るので蝦夷成敗的な価値観の、日本の中心(東北はクマソ)「京都を代表」する

1000ピース 清水寺 1000-619

清水の舞台に行くときは、ピンヒールとかミュールとか履いて来ないでね。
床に窪みが出来て、そこに水が溜まって腐りが早くなるから。

NHKテレビの清水特集では、清水の奥ノ院の右側奥に鎮座まします夜叉神は
夜な夜な京洛を飛び回って悪霊が跋扈しないか偵察しているそうな。
京都の夜って賑やかなんだね。

丑の刻参りは地主神社でも行われていたとか。
おかげ明神という祠の裏にある「いのり杉」大木に釘を打ちつけた穴が無数にあいてるそうです。

小銭がよく挟まってる大きな大木があって、5年ほど前だったかな?に、切り倒したところ昔の釘だらけだったらしいです。舞台の上の神社は恋愛成就で有名ですが呪いでも有名です。
昔から呪いのメッカなのかも・・・。

あそこは恋の神様で有名な地主神社があるだけに、すごく意外でした。

「恋占いの石」があるよね。
あれ原子物理学者の研究結果で、縄文時代の遺物であることが証明されたんだよ。

清水寺の横にある『地主神社』
あの一番奥にある水かけ地蔵はあの中でも一番、徳があり、力を持っているそうです。
お参りするやり方みたいなものがあるそうですが、心を込めてお参りすると良いですよ。
恋愛に悩む方は、行く機会があれば一度、お参りに行ってみてはいかがですか?

大学時代の話。気持ち悪い先輩に、しきりに地主神社に行こうと誘われた。
第一印象から気持ち悪かったのでもちろん断った。
後で聞くとこの先輩は女子をだれかれなく無差別に地主神社に誘う人で有名だそうだ。
卒業した今でも語り継がれている。もっとも成功したことはないようだ。

1000ピース 清水寺幻影 N1000-012

清水寺の舞台から見える子安塔、ちょっと気になってそばまで行ってみたんだけどなんかめちゃくちゃ怖くて塔の30メートル手前位まで行って、逃げる様に引き返してきたけどあそこって、なんか謂われあるの?昼なのにやたら怖かった。

あの辺は鳥辺野っていう風葬の地だったからね。
ザワザワして落ち着かない、って人もいるみたい。

肉弾三勇士の墓は京都の大谷祖廟(鳥辺野)にある
至近距離に清水寺があり、清水寺の敷地から直接大墓地に入れる

あのあたり一帯の大墓地は平安以前から墓所として使用されていました(そのため大昔は妖怪や物の怪が出まくり 現代でも怪談が絶えない)
平安の昔の野晒しが標準の頃から使われているため、現在の地層の下には物凄い量の人骨が埋まりさらに今でも、連絡の絶えた古い無縁仏は片っ端から撤去して一箇所にまとめて埋葬
その跡にまた新しい墓をバカスカ建てるということを繰り返しているため・・・あの辺の地層は凄まじい事になってます

清水寺って、なぜか大好きで京都を訪れる際には必ず立ち寄るのですが
舞台の下なんか嫌な雰囲気あっても良さそうなトコなのに、その辺は嫌感無くて音羽の滝の先の売店(のような物があった様な気がする)を抜けてすぐのトコから空気が一変する感じがしました。舞台から見て気になって見に行こうと思い、下の売店付近にいたおっちゃんに
「この先にある塔を見に行くといいよ」と言われ、導かれるように塔の傍まで行ったんだけど怖くて近寄れなかった。
京都とは縁もゆかりも無い私ですが、もしかしたら前世は鳥野辺に葬られ鴉に目玉をついばまれたりしてたのかなあ?なんて思ったりして。

実家に帰ったついでに関東の友人を連れてきたから市内を案内した時のことなんだが・・・。
清水寺に行きたいと言うから人混みを避けて五条から鳥辺山通って清水坂に合流した。
友人曰く寒気がして鳥肌が終始立ちまくやばいやばいと連呼してたんだがそんなに怖いかな。
観光客も滅多に来ないし妙見堂あたりはぬこがたくさんいて昔から好きなんだよね。
たしかに今は焼き場の近くだし平安時代は葬送の地で有名だけど霊感とは全く無縁だからそこまでやばいと感じたことはないわけで・・・。